便利、何でもできる・・そんな思いこみで衝動的にです。
でも、機能を充分に使いこなせないまま、電源を入れていました。
最初は、ベーシックプログラムというやつで、雑誌に載っているプログラムを見よう
見まねで、慣れないキーボードから必死で入力していた記憶があります。そのプロ
グラムを走らせるのはRUNという単語。それを保存しておくのは、今は存在価値がな
くなりそうなカセットテープだったのです。そのご高価なフロッピーディスクが登場で
した。副産物として、キーボードには案外早く慣れたんですがね。
苦難のすえ保存し、そしてデータがカセットテープからピーーという音を発しながら
パソコン本体に読み込まれ、プログラムが動き出した瞬間の優越感は今でも忘れら
れず、なにかプロになった自己満足がありました。
まずは、お遊びのインベーダーゲームが動いたときは第一回目の感激!!。でも、
その他は、なかなかプログラム入力が難しく、至る所にバクが発生し、動かないソフト
プログラムばかり作ってカセットテープに保存の日々でした。
もう、過去のものとなってしまいました。
そうこうしていると、
パソコン通信というものが世の中に現れ、これやな!と飛びつい
たのですが、でもでも、これまた至難の業。
設定がわからん!、モデムという物も購入せんとだめらしい。アクセスポイントが京
都!!、でもやった2ヶ月ほどでようやく回線はつながった。でもめちゃくちゃ通信速
度が遅い。ディスプレーにがダラダラと文字が流れ落ちてくる。
パソコン通信とは、文字だけでの掲示板のイメージ。幼いインターネットって感じで
すが、当時は画期的でやっとこさアクセスできたときもこれまた二回目の感激だっ
たのです。
最初の内は、電話代が相当高額になり・・・家族に大叱られも幾たびかでした。
画面上ではいろんな情報、驚いたり感心したりの場面も多かったですが、誹謗中傷
の文字も飛び交って話題になった事も、私にとっては知らない人との出会いも多くあ
ったし、愉快な毎日でした。
その後・・
滋賀県内にもアクセスポイントも増えて、電話代も減額してきたし、沢山の仲間もでき、
いろんな○○ネットも個人で開設されだして、オフ会も頻繁に県内各地で行われ参加
していた。文字だけの相手に初めて出会うときのドキドキも懐かしい出来事でしたが、
今はもう・・・・・・。
その後、いよいよインターネットの時代が主流になり、これまた悪戦苦闘の末ネットの
仲間入りが果たせたときも感激の一つでした。一時期自分自身「オタク」かなって思う
ときもありましたが・・・いやいやパソコンについての知識の無さ。
トラブルともう駄目、の状態で今現在に至っているのです。友人や雑誌の問答集から
いろいろ対処し、余計に悪化させることもしばしば。
でも、こうしてブログに参加できること自体で大満足の昨今なんです。
琵琶湖を取り囲んでぐるーーっと、ブログを介して輪が広がるといいなーーって、
一人楽しみにしている所なんですが、これからどのような方向に広がっていくのか
楽しみにしながら、書き込まさせて頂いている今日この頃なのです。
長々・・の文章で恐縮です。
今までの私とパソコンとのふれあいでした。