野辺送り
2008年02月10日
座棺の中の死者は、葬列の進行方向とは反対に向いて輿に入れられ、永年住み
慣れたわが家を見ながら、そして又死者が父親ならアトゴシをするわが子と、
対面する格好で、ノベオクリ(野辺送り)の葬列の中を、本当に最後の別れを
しながら、サンマイまで送り送られて行くのです。

昨日、親戚のお葬式のお手伝いに行ってきました。明るい話題ではないので、申し訳ないですが、
人が誕生し、世の中を育み・・・誰でもこの終焉を迎えなければなりません。人生の行事の一つとして
下手な文章で残しておこうと思います。
今は、火葬での葬儀のため、土葬の時期の、細かいしきたりに縛られ、大変な心労が必要だった
頃とは大きく違っています。
当時は、葬儀社に依頼しなくて、親戚や隣近所に世話になり、アタフタの家人でしたが、今は当時と
比べると、比較的安易なお葬式となっています。
以下の内容は、高島市(当時高島郡)北部の土葬当時の様子を思い出しながらの文章で、正確な
内容でないところもありますが、大まかな雰囲気を覚えておこうと・・・。
また、長文ですが・・ご勘弁下さい。

慣れたわが家を見ながら、そして又死者が父親ならアトゴシをするわが子と、
対面する格好で、ノベオクリ(野辺送り)の葬列の中を、本当に最後の別れを
しながら、サンマイまで送り送られて行くのです。
昨日、親戚のお葬式のお手伝いに行ってきました。明るい話題ではないので、申し訳ないですが、
人が誕生し、世の中を育み・・・誰でもこの終焉を迎えなければなりません。人生の行事の一つとして
下手な文章で残しておこうと思います。
今は、火葬での葬儀のため、土葬の時期の、細かいしきたりに縛られ、大変な心労が必要だった
頃とは大きく違っています。
当時は、葬儀社に依頼しなくて、親戚や隣近所に世話になり、アタフタの家人でしたが、今は当時と
比べると、比較的安易なお葬式となっています。
以下の内容は、高島市(当時高島郡)北部の土葬当時の様子を思い出しながらの文章で、正確な
内容でないところもありますが、大まかな雰囲気を覚えておこうと・・・。
また、長文ですが・・ご勘弁下さい。
---** 葬式 **----------------
葬式の事を、一般に【ソウレン】と呼んでいます。
死人がでたら、まず、親戚・近所に知らせます。親類の人が寺へ知らせに行き、家の者は神棚を閉
めて、半紙を張って神ごとはいっさい慎みます。(35日間神社へ参ってはいけない、とか友引・丑の
日にはソウレンをだしてはいけないとか、言われ今でもそれは、残っているようです)
寺からは、オッサン(住職)が来て死人のすぐそばでマクラギョウ(枕経)を上げます。
親類の人たちは、ソウレンに必要な道具等を、手分けして買いにいきます。
ソウレンを出す前の晩にヨトギ(通夜)が行われ、死人は北枕の西向きに寝かせ死人の着ている布団
の上に刃物とか鎌を乗せます(死人の魂に魔がささないようにする為だと言われています。)
その横には、マクラダンゴ(玄米でつくる)6つとシキビノイッポンバナが供えられ、親戚の年寄りが西
国33カ所のゴエイカを唱えます。(私の地区は禅宗です)。
通夜が終わると、ユカンをし、棺の中へ入れます(座棺です)ユカンは血の濃い人が、着物を荒縄で
しめ、たらいに水を入れてから湯を入れて行います。(熱いお茶等を冷ますとき、お茶に水を入れず
に水の茶碗に熱いお茶を入れて、飲もうとすると、よく叱られたものです)
ユカンが済んで棺に入れるとき、死人には結び目のない糸で縫った、着物を着せて、テッコウ・キャハ
ンを付けて、六道銭・カサ・ジュズ・杖をもたせ、生前に好きだった物なんかを、入れてやる。(これが死
人の装束です)
ソウレン当日の朝、部落の全部の家からくやみに来ます(全く関係ない家でも香典をします今は
1,000円位だと思います)。それと同時に少し薄い親戚が(座敷親類)飾り付けなどを手伝いに来て、
午前中に済ませ出棺を待ちます。
棺は土葬されますので(今でもほとんど土葬)、軒廻りで当たった人が(3軒3人)土葬する場所を作ります
(アナホリ役と言って一番丁重にもてなします)。
そして、出棺されますが、ソウレンの列の順は次の通りです--
1.先タイマツ(一番濃い親戚が背中に付けて先導します、後ろを振り返ってはいけない)
2.赤旗(リョウハチの場合に持つ、リョウハチはボウサンが8人、カタハチは4人)
3.白旗(リョウハチ・カタハチ共持ちます)4.ハナカゴ(昔はお金を入れ、途中で って金を落とし、拾った
人が家の前に埋めた。(ちょっと私は意味が分かりません。
5.盛物(はす・きくの造花を持ちます。)
6.生花
7.花輪
8.提灯
9.コシ(血の濃い男2人と、アナホリ2人がかいぞえします。昔は1年に何回もある場合は、トモ(友)を引
かないようにと、コシに槌を付けたそうです)
10.シカバナ(30センチくらいの竹で半紙を切って張り付けたもの)
11.ベントウ(家の嫁が持ちます。お膳にご飯・味噌・塩をいれ箸はつけません)
12.イハイ(孫が持ちます)
13.コウロウ
14.オクリ(列の最後についていきます。男が先で、女は頭に白いきれを付けます)
墓地(サンマイ)に着くと、コシは3回左に回って(生前善光寺に詣った人は回らない )、そこで、オボウサ
ンのお経(アナギョウ)(穴経)がはじまり、ソウレンが終わります。

--** 法事 **------------
法事は、普通7日-49日までは7日毎、その後は100日・1年・3年・7年・13年・17年・25年・33年
・50年・とあり、7日毎の法事にはトウバを立てます。
35日をカタミワケといって、血の濃い人が残していったものを、形見としてもらいます。また、35日まで家
の横に、生前身につけていた着物を、竹の先を十字にして干しておきます(魂が35日間は、成仏せずに
家の上空をさまよっているからだそうです)。
【オンボ】土葬の出来事です。
私の地区では、埋葬するための穴を掘る人を、オンボと言ってました。
市内でオンボという言葉が共通したものか、今分かりませんが、誰がその役
をするのかは、私の地区では、村の中を順番にその役が回っています。それと
もしその役が当たった家が、葬式を出す家と親戚等の関係であれば、隣の家へ
役が行って、次回の順番とします。(親戚が穴堀(オンボ)をするところも、
市内でもあったようです)
オンボは3人で、その中の年長がオンボ長となって、役を取り仕切り、出棺
の時には、オンボ長は先にサンマイに行って、青竹を燃やしますその竹の弾け
る音で、悪霊を払うのだと聞いたことがあります。
残る2人は、出棺の時に棺桶を担ぐときのソエゴシ(添輿)をします。
輿を担ぐのは、コシカキ(輿担き)といい、死者が父親ならそのその子が、
子がいないときは近縁の者が担ぎ、輿の先頭をマエゴシ、後ろをアトゴシと
いって、アトゴシが最も血の濃い者が担ぎます。
マエゴシ・アトゴシ2人をホンゴシといい、オンボ2人が手伝うのをソエゴシ
と言っていました。
この様な、儀式もだんだん薄れてきました・・・良いのか悪いのか複雑です。

葬式の事を、一般に【ソウレン】と呼んでいます。
死人がでたら、まず、親戚・近所に知らせます。親類の人が寺へ知らせに行き、家の者は神棚を閉
めて、半紙を張って神ごとはいっさい慎みます。(35日間神社へ参ってはいけない、とか友引・丑の
日にはソウレンをだしてはいけないとか、言われ今でもそれは、残っているようです)
寺からは、オッサン(住職)が来て死人のすぐそばでマクラギョウ(枕経)を上げます。
親類の人たちは、ソウレンに必要な道具等を、手分けして買いにいきます。
ソウレンを出す前の晩にヨトギ(通夜)が行われ、死人は北枕の西向きに寝かせ死人の着ている布団
の上に刃物とか鎌を乗せます(死人の魂に魔がささないようにする為だと言われています。)
その横には、マクラダンゴ(玄米でつくる)6つとシキビノイッポンバナが供えられ、親戚の年寄りが西
国33カ所のゴエイカを唱えます。(私の地区は禅宗です)。
通夜が終わると、ユカンをし、棺の中へ入れます(座棺です)ユカンは血の濃い人が、着物を荒縄で
しめ、たらいに水を入れてから湯を入れて行います。(熱いお茶等を冷ますとき、お茶に水を入れず
に水の茶碗に熱いお茶を入れて、飲もうとすると、よく叱られたものです)
ユカンが済んで棺に入れるとき、死人には結び目のない糸で縫った、着物を着せて、テッコウ・キャハ
ンを付けて、六道銭・カサ・ジュズ・杖をもたせ、生前に好きだった物なんかを、入れてやる。(これが死
人の装束です)
ソウレン当日の朝、部落の全部の家からくやみに来ます(全く関係ない家でも香典をします今は
1,000円位だと思います)。それと同時に少し薄い親戚が(座敷親類)飾り付けなどを手伝いに来て、
午前中に済ませ出棺を待ちます。
棺は土葬されますので(今でもほとんど土葬)、軒廻りで当たった人が(3軒3人)土葬する場所を作ります
(アナホリ役と言って一番丁重にもてなします)。
そして、出棺されますが、ソウレンの列の順は次の通りです--
1.先タイマツ(一番濃い親戚が背中に付けて先導します、後ろを振り返ってはいけない)
2.赤旗(リョウハチの場合に持つ、リョウハチはボウサンが8人、カタハチは4人)
3.白旗(リョウハチ・カタハチ共持ちます)4.ハナカゴ(昔はお金を入れ、途中で って金を落とし、拾った
人が家の前に埋めた。(ちょっと私は意味が分かりません。
5.盛物(はす・きくの造花を持ちます。)
6.生花
7.花輪
8.提灯
9.コシ(血の濃い男2人と、アナホリ2人がかいぞえします。昔は1年に何回もある場合は、トモ(友)を引
かないようにと、コシに槌を付けたそうです)
10.シカバナ(30センチくらいの竹で半紙を切って張り付けたもの)
11.ベントウ(家の嫁が持ちます。お膳にご飯・味噌・塩をいれ箸はつけません)
12.イハイ(孫が持ちます)
13.コウロウ
14.オクリ(列の最後についていきます。男が先で、女は頭に白いきれを付けます)
墓地(サンマイ)に着くと、コシは3回左に回って(生前善光寺に詣った人は回らない )、そこで、オボウサ
ンのお経(アナギョウ)(穴経)がはじまり、ソウレンが終わります。
--** 法事 **------------
法事は、普通7日-49日までは7日毎、その後は100日・1年・3年・7年・13年・17年・25年・33年
・50年・とあり、7日毎の法事にはトウバを立てます。
35日をカタミワケといって、血の濃い人が残していったものを、形見としてもらいます。また、35日まで家
の横に、生前身につけていた着物を、竹の先を十字にして干しておきます(魂が35日間は、成仏せずに
家の上空をさまよっているからだそうです)。
【オンボ】土葬の出来事です。
私の地区では、埋葬するための穴を掘る人を、オンボと言ってました。
市内でオンボという言葉が共通したものか、今分かりませんが、誰がその役
をするのかは、私の地区では、村の中を順番にその役が回っています。それと
もしその役が当たった家が、葬式を出す家と親戚等の関係であれば、隣の家へ
役が行って、次回の順番とします。(親戚が穴堀(オンボ)をするところも、
市内でもあったようです)
オンボは3人で、その中の年長がオンボ長となって、役を取り仕切り、出棺
の時には、オンボ長は先にサンマイに行って、青竹を燃やしますその竹の弾け
る音で、悪霊を払うのだと聞いたことがあります。
残る2人は、出棺の時に棺桶を担ぐときのソエゴシ(添輿)をします。
輿を担ぐのは、コシカキ(輿担き)といい、死者が父親ならそのその子が、
子がいないときは近縁の者が担ぎ、輿の先頭をマエゴシ、後ろをアトゴシと
いって、アトゴシが最も血の濃い者が担ぎます。
マエゴシ・アトゴシ2人をホンゴシといい、オンボ2人が手伝うのをソエゴシ
と言っていました。
この様な、儀式もだんだん薄れてきました・・・良いのか悪いのか複雑です。
Posted by 高島です at 19:00│Comments(0)
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